2010年6月25日金曜日

レストラン MIRAFLORES

スペイン語と日本語も操るスーパーウェイタービカスさん
左からヘンデルソンシェフ、ビクトルシェフ

レンガ調の外壁にオープンテラスがまたバーっぽい


この豪華なアドボ・デ・チャンチョセットは1000円



バーのような店内
 
 東京、渋谷にあるペルーレストラン。セルリアン東急ホテルの裏側の複雑に入れ組む路地に位置する。各国大使館員御用達のお店であり、テレビ、雑誌で幾度なく取上げられ、さらに太平洋を越えてペルー本国のテレビ番組も取材に訪れたほどだ。
 
 ホテルの裏側の迷路を15分近くさ迷ったあげく、ペルー料理という看板を目にして近づくとインド人風の男性がテラスでくつろいでいた。

 その男性にもう店はもう開いているのか聞くと、どうぞ中へと招いてくれた。彼はインド人であるがペルー料理のウェイターでスペイン語も操るのだ。

 店内は狭く、レストランというよりはちょっとしたバーのような装いだ。ちょうどランチタイムだったので、ADOBO DE CHANCHO(アドボ・デ・チャンチョ)というランチセットをオーダーした。

 このランチセットはペルーの一般家庭で食べるようなフルコースだ。ペルーでは前菜のスープをPRIMERO(プリメーロ)と言い、メインディッシュをSEGUNDO(セグンド)、デザートをPOSTRE(ポストレ)という。

 プリメーロ=はじめに セグンド=つぎに という意味であり、ペルー人ははじめにスープを、次にメインディッシュを味わい、最後にデザートで締めるのだ。

 というわけで私のもとにスープが届いた。ジャガイモや鶏肉、アスパラ、ブロッコリーなどを混ぜ合わせたというスープは薄緑色だ。カレーのようにとろみがたっぷりとあり、アスパラとブロッコリーの味が特に強く出ていた。このスープの優しいほんのりとした味わいはまるで離乳食のようであり、賛否両論わかれるのではないだろうか。メインが運ばれるまでのお腹を慣らすものであるのだろう。
 
 次に運ばれたのはメインディッシュである、アドボ・デ・チャンチョ。メニュー表には豚スライスのトマトベースソース添えと書かれているので、酸味が利いたソースかと思って味わってみると、トマト特有の酸味など全くしなかった。ビーフシチューのような深みのある味わいで、スプーンを口に運ぶ度に、先ほどまでの味わいがより厚みを増す。甘口であり、ほんのりとアルコールの味がする、旨みたっぷりの重厚な味わいだ。

シェフに聞くと、トマト、ダイコン、にんじん、タマネギ等の野菜と小麦粉でソースのベースをつくり、赤ワインとペルー唐辛子、そしてシアウという中華移民がペルーに広めた中華系ペルーショウユで味を整え、豚肉を煮込んで調理されたものだという。
 そのため、肉がとても軟らかく、ソースと見事なまでにとろけ合っている。

辛みが欲しい人はアヒというペルー唐辛子のたれをかけるといいだろう。ウアカタイというブラックミントソースと、チーズ、ニンニクなどを混ぜ合わせてつくられたもので、アドボ・デ・チャンチョの甘み、旨みたっぷりの味をミントが強いアクセントとなり味が引き締まり、すっきりとした味わいになるのである。
 
デザートはアロス・コンレチェとマサモーラ。マサモーラはペルー産紫とうもろこしベースのレモンとパイナップルで味つけされたゼリーだ。まったくタイプの異なるデザートがひとのデザートとして提供されているのが面白い。

ボリュームたっぷりのランチセットは日替わりで3種類用意されていて、1000円から1200円と大変リーズナブルだ。

*****お店の情報*****

「MIRAFLORES」
 住所    :東京都渋谷桜丘町28-3
 電話    :03-3462-6588
 ランチタイム:11:30~15:00
 ディナー  :18:00~23:00
 休日    :元旦
 ※15:00~18:00の間は店が閉まっているので要注意。
地図


 

2010年6月24日木曜日

レストラン LA FRONTERA JAPON

広々とした店内

アロス・コン・マリスコス・フロンテラ


左からビクトルさん、セシリアさん、カルロスさん


食料品店

栃木県小山市のペルーレストラン。


JR小山駅から、家電量販店や紳士服量販店が立ち並ぶ幹線道路を歩くこと30分。幹線道路から逸れたわき道にペルー料理ランチ890円という看板が立っていた。看板どおりわき道を進むと、診療所のようなえらく地味な外見のLA FRONTERAが現れた。

中に入ってみると驚くほど広い。茶で統一されたテーブルやイスに、程よく配置された植物が良いアクセントになっている。こてこてのカラフルなペルー織物やテーブルクロスで店内をデコレーションすることの多いペルーレストランにおいて、これほどまでにシンプルでありながらも、上品で落ち着けるレストランは珍しい。

しかも落ち着いた色合いの織物や、壁掛けの手芸品を飾ることでペルーの雰囲気をかもし出すことも忘れてはいない。2台の大型液晶に映し出されていたペルーのクッキング番組番組を見てニヤリとした。こういう少し外したセンスはペルー人、いやラティーノ特有のもので、同胞のものとは思えない高級感溢れる店内に戸惑っていた私を安心させてくれた。

駅から30分も歩いたため、さっぱりとしたものが食べたかったが、ウェイターのビクトルさん一押しのARROZ CON MARISCOS FRONTERA (アロース・コン・マリスコス・フロンテラ)というシーフードピラフを注文した。

いざ料理が運ばれると、シーフードクリームソースのたまらなくまろやかな香りが漂った。ベースとなるシーフードライスにたっぷりと盛られたベーシュー色のソース。てっぺんにがっちりと構えるエビ。カラフルに散りばめられたシーフード。

フォークでライスの山を崩し口に運んでみると見た目のとおり、まろやかでクリ-ミなソースが口一杯に広がり、魚介類のほのかな甘みとぷりっとした食感を包み込む。

ペルー料理には、外国料理だからとクセのある香辛料がつかわれていると、日本人がイメージしがちなものがほとんどつかわれておらず、日本人にはたいへん食べやすく、このアロース・コン・マリスコス・フロンテラの上品な味わいはその最たるものといっても過言ではない。

良い意味にも悪い意味にも捉えられるが、この料理は万人受けするものである。本格的なペルー料理が味わいたいという人にはどうかがっかりしないで欲しい。再三述べるが本場のペルー料理は日本人の味覚によく合うのだ。

日系ペルー人である私自身、先日17年ぶりに母国に帰国した時に、市場の中の食堂から、祖母がつくるペルー中華、繁華街の高級レストランと様々なペルー料理を食したが、驚くほどクセがなかったのだ。

むしろ日本の家庭で大量のクミンやコショウ、コリアンダーをつかう母親がつくるペルー料理の方が本場とは違う、我が家特有のペルー風創作料理だと知って度肝を抜かれたのである。
 
LA FRONTERAにはペルー食材店も併設されており、食事を味わって気に召されたら、気さくなウェイターにレシピを聞いて、ここで必要な食材を揃えるといいだろう。

祝日にはフォルクロ-レの生演奏などがあり、7月18日、25日にはかなり大掛かりなペルー共和国独立記念日を祝ったイベントがあるので、この日に訪れるのもいいだろう。


***** お店の情報 *****

「LA FRONTERA DE JAPON」

住所  : 栃木県小山市大字小山99-1
電話  : 0285-28-2313
営業時間: 11:30:~22:00
定休日 : 水曜日

http://www.lafronterajapon.com/
地図

※JR小山駅から徒歩30分であるが駐車場はかなり広い。


2010年6月22日火曜日

ブラジル雑貨ショップ アゼンシア南埼玉

気軽に立ち寄れるまちの雑貨屋さん

格別のブラジル産コーヒーは580円
ブラジルの CDやDVDも扱っている。

ブラジル国旗が何とも誇らしい
焼きたてチーズパンは50円。冷凍50個入りは1900円。10個入りは380円



戦後移民の父、永浦さん



埼玉県川越市の川越駅から徒歩五分のマンションの一階部分に位置するショップ。店内に入ると、商品棚の上に設置されているブラウン管にはワールドカップのブラジル戦が映し出され、壁にはブラジル国旗にブラジルの地図が飾られていた。


オーナーの永浦さんは宮城県出身のブラジル日系人一世。キビキビとした戦後の混乱の中で、農業高校を卒業し、郵便局に就職。破格の給与を得ていたが、農業をやりたいという思いを抑えられず、新聞広告に載っていたブラジルへの農業移民へ応募。

見事採用され、1956年、19歳という若さでブラジルへと渡った。日本人集住地帯の農園で4年間就業したのち、日本人がいないところを求めて、サンパウロからセアラ州へたった一人で移住。

行き着いた先で資産家の農園で就業しながら農業の技術を磨き、自らの農園を所有するまでに到る。ブラジル人女性と結婚し、4人の子どもを設け順風満帆な生活を送っていた。

ところが、ブラジルに移民してからおよそ30年が経ち永浦さんのもとに不遇の事態が襲う。ブラジルはもとより、ラテンアメリカ中が凄まじいハイパーインフレに見舞われたのである。毎日毎日ものの値段が上がっていき、農園で得た利益が何の意味も為さなくなり、挙句の果てに政府に資産を凍結されてしまったのである。

そこで1990年、永浦さんは家族総出で日本へ出稼ぎにやってきたのだ。永浦さんは工場で働きながらも商売のチャンスをうかがっていた。日本にやってきて1年経ったある日、永浦さんはインターナショナルプレスというブラジル人向きの新聞社が創業することを知り、80万円の契約金で新聞販売代理店になった。

パソコンも携帯電話もない時代で、創業したての新聞をどうやって売るのか。永浦さんは家族で試行錯誤を重ねた。永浦さんが生活していたのは埼玉県川越市という大規模な工業団地が林立するまちであり、出稼ぎ南米日系人の集住地域。

90年代初頭の当時、電話線を引くのがとても高く、出稼ぎにやってきた南米日系人は、週末駅前に出向き、公衆電話から母国の家族に電話をかけていた。

永浦さんはその南米日系人の行動に目を付けた。週末家族で駅前の公衆電話に張り込み、仕入れた新聞を南米日系人に配り宣伝に務めたが、思うように新聞は売れなかった。

永浦さんの野心は相当なもので、一度や二度の失敗でへこたれるような人ではなかった。思い立ったら行動は早かった。間髪入れずブラジルから雑誌を輸入し、ブラジル雑貨店に卸した。本は飛ぶように売れ、CDやビデオも同様に輸入販売した。

副業であったはずが、永浦さんは工場を退社し、南米日系人向きの商売に専念した。川越プリンスホテルの広場を貸し切り、ディスコイベントを催し、ブラジルから有名歌手を呼んでコンサートも開いた。

先見の目をもつ永浦さんの商売は全盛期で年商1億にまで拡大していった。永浦さんは「もっと会社を大きく出来た。でも今の状況を見ればここでとどめといて正解だったのかもしれない。」とぽつりとつぶやいた。

資本金を遥かに上回るライバル業者の登場、リーマンショックによって失業した南米日系人の帰国に伴う市場の縮小などによって今では小さな雑貨店が残るのみとなった。

アゼンシアとは代理店という意味である。新聞の代理店として始めたことに由来する。会社登録までの時間に余裕がなく慌しい中で命名したそうだ。

お薦めはブラジル産、PILAOブランドのコーヒー。インスタント580円。ドリップタイプ480円。深みがありながらもすっきりとしたキレのある味わいだ。

気前がよく気さくな永浦さんは客が来店するとコーヒーを入れる。お店の奥にはテーブルがあり、来店者がコーヒーをすすりながらくつろげられるようになっているのだ。

永浦さんは日本生まれ、日本育ち、日本国籍ながらも心底ブラジルという国を愛している。保証人、敷金礼金不要の南米人向きのアパートやマンションの紹介も手がけ、南米人が求めるものを敏感にキャッチし、提供する地域の頼れるお父さん的存在だ。

2010年6月16日水曜日

レストラン La Tiendecita

新里さん夫婦

異国の雰囲気?

外見。。。一見、何屋さん?

パパ・ラ・ワンカイーナ

セビーチェ

“La Tiendecita”とは小さいお店という意味だ。お店のママは、「お店は小さいけど、心はすごく大きいのよ」とラティーノス(ラティーナス)特有の無邪気でユーモアたっぷりな決まり文句で自らの店を語った。 

 かつては城下町として栄え、今では古い町並みが観光地として賑わう川越中心部からやや離れた国道沿いで、異国の料理を持て成す小さな食堂は、ラテンアメリカによくある、観光地で観光客のおこぼれをもらうかのごとく立地する食堂を彷彿させる。

不夜城の巨大都市メキシコ連邦区の歓楽街の隅で。世界的に有名なリゾート、カンクンのホテルエリアの端で。ペルー沿岸の草の根一本すら生えない砂漠のハイウェイの片隅で。雑木林に覆われたアンデス山中のマチュピチュとクスコを繋ぐ鉄道の小さな駅の隣で。世界最大の塩の湖ウユニ湖に近接する小さなまちで。

 こういう所に位置する食堂の多くは、観光客をメインターゲットに据えた、一流のサービスを持て成してくれるレストランではない。安い料金で腹いっぱいに食べられ、友達感覚のフレンドリーな接客で持て成してくれ、一般家庭のガレージやリビングにイスとテーブルを並べた佇まいという性格を持つ。

観光地プライスに嫌気が差したバックパッカ-が、やっと懐に合った食堂を探し当てるのか如く、蔵造りのまち並みを売りに、歴史に富んだまちとして知られる埼玉県川越市の国道沿いという立地は日本人にとって奇妙めいた関心を引くかもしれない。

メニューは代表的なペルー料理が中心だ。パパ・ラ・ワンカイーナ、ロモ・サルタード、アヒ・デ・ガジーナ、セビーチェ。

私はこの日、ビーチェを味わった。セビーチェとは魚介類のサラダのことである。小さくカットした魚介類と、みじん切りにしたたまねぎ、コリアンダー、ニンニクをレモン付けにし、塩とペルー唐辛子アヒで味付けした料理。酸っぱくて辛いマリネを2種類のコーンで味を和らげる。

スペイン語圏の中南米で広く食べられている料理であるが、本場はペルーのコスタ地域。(リマなどの海岸沿い)
 そのためペルーのセビーチェは、スイートコーンに、乾燥とうもろこしを揚げたCanchaというペルー独自のおつまみと、サツマイモが添えられる。
メキシコのセビーチェはカップに入れられ、タバスコで味付けされ、クラッカーが添えられるのと大きな違いがある。

ペルーのセビーチェはペルー原産の材料がふんだんにつかわれているのだ。魚介類は海岸で捕れ、乾燥とうもろこしやサツマイモはアンデス山脈原産のものだ。海岸と山岳とジャングルという3つの全く異なる地形を持つペルーならではの料理だ。

la tiendecitaのセビーチェは綺麗な盛り付けだ。コーンが二種類とジャガイモが魚介類に添えられている。口に入れた瞬間に広がるコリアンダーとレモンの酸味をコーンで和らげつつ、軟らかい海鮮物とシャキシャキしたコーンの食感を楽しめるようにできている。
コーンは完璧であるが、魚の鮮度に頼る料理であるので、港を持つリマで食べるものとは程遠い味わいであり、食堂ならではのご愛嬌な味わいであるのが惜しい。

ペルーのビールクスケーニャが400円、クリスタルが500円と格安なので、こちらも合わせて飲むといい。クスケーニャはモンドセレクションで3年連続金賞を受賞し、世界で最も美味いビールと言われている。
ペルーのクスコで醸造され、大麦100%、世界で最も上質なポップ、ザ-ツが使用されている。

あらたまったレストランより気軽に安く、たまには変わった料理を食べたいという人に最適な店だ。
お店のお母さん、お父さんは沖縄系ペルー人でたまに讃岐そばのメニューもあるのが面白い。





セビーチェ            1000円
パパ・ア・ラ・ワンカイーナ    600円
インカコーラ1.5L        500円
ランチセット            850円 


***** お店の情報 *****
「La Tiencecita」
住所  : 埼玉県川越市脇田新町15-8
電話  : 049-242-0755
営業時間:12:00:~23:00

地図

2010年6月14日月曜日

レストラン "El Carbon"

ポジョ・ア・ラ・ブラサ
美味しさの秘密はここにあり!


 川崎駅から川崎大師行きのバスに乗車15分、桜本バス停下車、徒歩五分の郊外に位置する大衆食堂。川崎市は京浜工業地帯の中枢都市であり、駅からアクセスが悪い郊外の立地は、近隣の社宅やアパート在住の同胞の来店を見込んでいるのだろう。

 私が訪れた土曜日の夜の店内は大勢の在日ペルー人とブラジル人の客で賑わっていた。店名のCarbonとはスペイン語で木炭のことであるが、なるほど客のテーブルにはポジョ・ア・ラ・ブラーサ(炭火焼ローストチキン)が並んでいた。

おろしニンニクや塩、コショウ、そして大量のクミンで味付けし、弱火で長時間炭火焼にすることで、ただの炭火焼チキンではなく、ペルー料理のポジョ・ア・ラ・ブラーサになるのだ。食卓に並んだ時にはペルー唐辛子のたれ“アヒ”をたっぷりかけて食べる。

このペルー風ローストチキンはペルーの国民食といって良いほどよく食べられている。誕生日会、ニューイヤー、クリスマス、独立記念日等のイベントでは必ずといって良いほど姿を現し、知人の家に招かれた際の手土産としてもよく利用され、ペルーのスーパーマーケットではプレゼント用のプラスチックケースに入れられた状態で並んでいる。

ここのオーナーのシマブクロさんは沖縄系ペルー人であり、沖縄そばのメニューもある。また昼間3時までののランチタイムはスープと肉か鶏肉か魚のうちの何れかがメインディッシュのセットメニューが750円とお得だ。

Pollo la abrasa 1700円 1羽(3-4人分サイズ) ※近日写真アップ予定。

***** お店の情報 *****
「El carbon」
 住所  :神奈川県川崎市川崎区桜本2-18-14 山形ビル1階
 電話  :044-288-3867
 営業時間:12:00~22:30
 休日  :年末年始

地図

2010年6月11日金曜日

レストラン KEIMI









 神奈川県大和市の小田急線南林間駅から歩いて5分のところに位置するペルー料理レストラン。小田急線沿線は工業団地が多くあるためか、多くの南米日系人が住んでおり、ペルー料理レストランも多くあった。

 ところが、近年の不況の煽りを受け、多くの工場が閉鎖してしまったため、大量の南米日系人が失職し、大多数のペルー料理レストランも廃業に到った。
KEIMIはその中でも廃業に到らなかった、健気なレストランだ。

 KEIMIはマンションの一階に店を構えており、外観からはレストランだと思えない。外から中が見えないため、まるでオフィスのようだ。入るのに少しばかりの勇気が必要であった。
ところが中に入ってみると、壁に飾られている額縁に驚かされた。自由民主党―――福田康夫、自由民主党―――麻生太郎。日本の歴代の内閣総理大臣のサイン。そしてフジモリ・アルベルトの長女フジモリ・ケイコとのツーショット写真。
 
 オーナーのフナトさんは日系南米人社会の大物だ。90年代前半、悪質な派遣業者に騙された南米日系人を救うため、「在日ラテンアメリカ人を支援する会」の中心メンバーとして活躍し、2000年にはなんとペルーの国会議員選挙に立候補した経歴を持つ。レストランのほか,ペルーの料理を冷凍食品化したものを”El Tambo de Oro”というブランド製造・加工し、多数の業者を通して販売している。
 在日南米人向きの新聞には度々フナト氏のコラムが掲載され、長男は日本の最高学府の現役学生だ。

 何ともインテリなご一家であるが、レストランで接客してくれるフナト氏と奥様はとても陽気で、気さくだ。
ここのお薦めメニューは“Lomo saltado”だ。
 
別のメニューを頼みたかったが、フナトさんの推しに負けて”Lomo saltado”を注文した。料理が運ばれるや否や炭火焼された香ばしい香りが漂う。赤い鮮やかなたまねぎ。大きくカットされたトマト。食欲みなぎる盛り付けだ。
いざ食してみると、他のレストランの“Lomo saltado”とは別ものだった。軟らかくて羊肉のような食感の上質な牛肉。トマトは口に頬張った瞬間、プッりと皮がはじけ、中身がジュッと広がった。

 ポテトは炭火焼の香ばしさが芯まで通っていて、フライドポテト特有の油っぽさがなく、オリーブオイルを用いる事で、舌触り滑らかなとろけるような食感がした。
 
 この店を訪れた在日ペルー人の客が、これこそペルーの”Lomo saltado”だと喜びながら噛み締め、もう他のレストランのは食べられないとまで言うそうだ。
教養あふれるフナトさんと、太陽のような笑顔が印象的な奥さんが切り盛りするKEIMIで、日本とペルーの二国間関係を語り合ってみてはいかが。


ロモサルタード ドリンクセット 1350円

***** お店の情報 *****
「KEIMI」
 住所  :神奈川県大和市西鶴間1-8-13
 電話  :046-273-1096
 営業時間:12:00~22:00
 休日  :毎週月曜日
 小田急江ノ島線南林間駅から徒歩5分

地図

http://www9.ocn.ne.jp/~keimi/sub3.html

レストラン アルコイリス川崎店

アロス・コン・レチェ


外見




 川崎駅西口徒歩五分のビルに位置する。インティライミと同じ通りにあるペルーレストランだ。インティライミは日本人の家族連れも多く入るレストランであるが、アルコイリス川崎店は気軽なペルーの大衆食堂という言葉の方がぴったしかもしれない。

店内の装飾はペルーの一般家庭のリビングのようだ。インカ文明の金箔の仮面に、先住民の後ろ姿をデザインしたアルパカ生地クロス、そして国旗。
お店を経営するお母さんが言うには多くのペルー人がペルーに帰ってきたかのような居心地の良さを感じるのだと言う。
 
実はこのお店にいるお母さんはアルコイリスの経営者で一時期神奈川県の工業地帯を中心に5店舗も店を構えていたそうだ。
 ところがこのところの経済不況が原因で、南米日系人がおよそ100人規模で働く工場が相次いで閉鎖に到ったことから、大和や厚木の店舗を工場が閉鎖になる前に閉めたという。
 今では五反田と川崎店の2店舗が残るのみだ。

 私はこの日、アロス・コン・レチェというライスデザートを食した。米をミルクで煮たデザートだ。米とミルクを煮て味付けにレモンとシナモンスティックを加えただけのシンプルなデザート。スペイン語圏各国で食べられている。
 温かいまま食べたり、冷蔵庫で冷やして食べたりするが、ここのはよく冷えていて、ココナッツフレークが入っているため、シャキシャキした食感が美味い。

 毎月最終土曜日は、フォルクロ-レの演奏やメレンゲ、クンビア、サルサなどのラテン音楽の生演奏があり、ディスコに変身するのでこの日に訪れるといいだろう。またランチタイムはメニュー12種類が均一700円と格安で、昼も夜も楽しませてくれるレストランだ。

アロス・コン・レチェ 300円


 *****お店の情報*****

「ペルー料理 Arco Iris 川崎」
 住所  :神奈川県川崎市幸区中幸町3-32 1F
 電話  :044-511-4225
 営業時間:11:30~22:30
 ランチタイム 11:30~14:00
 休日  :年末年始
 川崎駅から徒歩5分

毎月最終土曜日のディスコイベント 19:00~22:30 入場料1,000円

地図